4.知的情報の超並列処理
4.1 自然言語の2分木構造
. . 人間の身体の構造は対を成している。右手と左手、右足と左足、右目と左眼、右耳と左耳等々である。脳はこれらから情報を得て、それに基づいてこれらを制御している。そのために脳も右脳と左脳で構成されている。従って、脳の情報処理の基本的な手法は2分木解析であるといえる。前節で述べた2分木ポリプロセッサはプログラムの処理における脳のこの機能を実現するものである。そのプログラムは主として数式を用いて記述されているが、数式は自然言語による記述を記号化したものであり、従って、自然言語も2分木により処理することができる。通常、自然言語の処理は文法に基づいて行われるが、その文法は2分木を基本にしていないから自然言語を2分木処理することができない。数式が自然言語の記述を記号化したものであるから、数式を自然言語に戻すことにより自然言語の2分木処理法を考えなければならない。
. . 数式x+aはFig. 4.1(a)の2分木で表せるが、ポリプロセッサと同様に、この2分木を脳内に構成するためには順位文法を必要とする。しかし、文法は数式を2分木に構成する方法が確立されなければ存在しない。数式をポーランド記法で+xaと記述すれば順位文法を使用せずに、2分木ポリプロセッサの内部状態に入力された順にセットするだけで2分木を構成できることを示した。このポーランド記法は英語では2重目的語を持つAdd x a.と同じである。この英文を受けた人間の脳はFig. 4.1(a)の+をAddに替えた2分木を構成し加算結果を出力する。従って、この英文は命令文であり、これを与える者と対面している人間がそれを実行するのであるから命令文には主語は必要がない。命令を与える者は受ける者より上位の関係にあり、受ける者は人間であるから命令するのはGodである。自然現象はGodが起すのであり、同様に人間の行為もGodの意思であるというのが英語圏の考え方である。言葉はGodの命令を人間に伝えるためにあり、命令文が英語の基本形である。
Fig4_1
. . 数式y=x+aはFig. 4.1(b)の2分木で表すことが出来、内部状態、左の枝の入力、右の枝の入力の順に出力すればポーランド記法=y+xaとなり、=には動詞substituteを当てることが出来るが、+にaddを当てたのでは正しい英語にならない。意味は少し異なるが、Will he add x a.という英文は同図に示したように英単語を当てはめた2分木を構成するポーランド記法である。前節で述べた2分木の意味からすれば、Godが対話している相手youに対して命令add x a.をyouにとって第三者を指す単語heに作用させることを求めているのであるが、youの脳内において作用させた結果はheが実際に示す反応ではなく、youの考え、推測であり、このポーランド記法はyouの考えを引き出す疑問文である。命令add x a.を実際に実行するのはyouではなくheであるから、heはこの疑問文の主語といわれる。
. . この疑問文を受けたyouはheが加算命令を実行すると考えればHe will add x a.と答える。重要なのは加算命令を実行することではなく、heが実行するか否かであり、主語強調でheを先頭に出す。一方、heは加算命令を実行しないと考えればHe will not add x a.と答える。通常、文法ではnotはaddを否定するとされるが、文の2分木構造という点から見ればwill notはwillの反対の意味を持つ一つの単語又は連結語と見ることが出来る。縮約形においてnotはaddではなくwillに付いてwon'tとなることもそれを示す。この疑問文から主語を強調した文は平叙文と呼ばれる。
. . 数式x=aのポーランド記法は=xaとなり、=にsubstituteを当てたSubstitute x a.は命令文であり、xは第1目的語であるが、通常、この動詞の場合は目的語の順序を入れ替え、動作の方向を示す前置詞を用いてSubstitute a for x.と表記する。動詞giveの場合は両方の表記が行われ、Give x a.又はGive a to x.となる。状態を表す動詞isを当てることも出来るが、その場合は命令文ではあり得ないからIs x a.は疑問文であり、xは主語である。これに対する答えはやはり主語を強調して先頭に出し、x is a.又はx is not a.となる。この場合も文法ではnotはaを否定するとされるが、文の2分木構造という点から見ればis notはisの反対の意味を持つ一つの単語又は連結語と見ることが出来る。縮約形isn'tの存在もそれを示す。
. . 以上の文はGodが人間に与える命令文、及び、疑問文とそれに対する返答としての平叙文であり、Godとの会話のための文であるが、対話相手なしに人間が自ら発する文が一つある。その文はポーランド記法=xaを逆向きにax=と記述し、単に自分の感情を表すものであるから感動文と呼ばれる。このポーランド記法にFig. 4.1(c)に示すような英単語を当てはめたとき、Is x beautiful.は疑問文であるが、これを逆向きにしたBeautiful x is.は感動文である。この感動文の動詞isが省略されて名詞を修飾する形容詞の用法が生ずる。従って、形容詞の名詞修飾は話者の感動を表すのであり、名詞とそれを修飾する形容詞の関係はFig. 4.1(c)の“="に対して表示を省略される結合演算子を当てはめた2分木に構成される。形容詞を修飾する副詞、名詞と冠詞の関係も同様に2分木で表すことが出来る。
. . 日本にはGodに相当するものが居ないので自然現象は何者かの意思で惹き起こされるものではなく、まさしく自然に起こる現象である。人間の存在も、人間の行う行為も、自然現象の一部にすぎない。言葉は対話のためにあるのではなく、風が音をたて、小鳥が鳴くように、人間が言葉を発するのは自らの感情を表現する独り言である。従って、日本語の基本形は感動文である。感動文は、英語の感動文と同じく、Fig. 4.1(c)の2分木からポーランド記法を逆向きに出力したものとなる。このとき、“="には助動詞「だ」や終助詞「よ」等を当て、「美しいxだ」とか「美しいxよ」となる。日本語文法はこの「美しいx」を形容詞の名詞修飾用法と見るから日本語には主語が無いということになる。しかし、文の2分木構造という点から見れば、xは主語である。英語と同じく、助動詞や終助詞が無ければこの形容詞は名詞xを修飾するものであるが、助動詞や終助詞がある場合はこの形容詞は英語の補語に相当する。
. . 日本語はこの終助詞を替えることにより疑問文を作る。“="に終助詞「か」を当てた「美しいxか」は疑問文であるが、「美しい」が主語xより前にあり強調されているため感動文と同様に主語が無いように聞こえる。主語xを強調して前に出した「xは美しいか」というのが通常の疑問文である。同様に、感動文の主語を強調して前に出すと「xは美しいだ」「xは美しいよ」となる。前者は方言としてはあるようであるが、通常は「xは美しいです」となるか助動詞「だ」を省略して「xは美しい」となる。この感動文の主語を強調した逆ポーランド記法は平叙文である。助動詞「だ」を「ない」に替えれば否定文「xは美しくない」となる。
. . 動詞が状態ではなく動作を表す場合にはFig. 4.1(b)の2分木より逆ポーランド記法で出力した文となる。このときwillの位置には助動詞や終助詞が当てられる。詠嘆を表す終助詞「か、かな」を当てれば「aをxに加える子供(彼)かな」という感動文になる。日本語文法が文と認めない俳句にこの文型は多く見られ、有名な「古池や蛙飛び込む水の音」の主語は水の音であり、終助詞は省略されたもので、文の2分木構造という点から見た感動文の基本形であると考えられる。省略した終助詞に何を当てるかはこの句を聞く者又は詠む者に任せることにより、感動の状態に自由度を持たせたものとみることが出来る。
. . 疑問を表す終助詞「か」を当てれば「aをxに加える彼か」又は主語を強調して「彼はaをxに加えるか」という疑問文となる。日本語では動詞の作用する方向は助詞を付けて示すので2分木のどちらの枝を先に出力するかは任意であり、「彼はxにaを加えるか」としてもよい。但し、前者には加えるものはaであるという強調があり、後者には加えられるものはxであるという強調がある。これに対する答えはwillの位置に助動詞「だろう」を当てて「彼はxにaを加えるだろう」となる。否定の場合は助動詞「ない」を用いて「彼はxにaを加えない」となる。
. . Fig. 4.1(a)の2分木から逆ポーランド記法で出力すると「xにaを加える」又は「aをxに加える」となるが、この文には主語が無い。しかし、これは英語の命令文とは異なり、主語は自分自身だから無いのである。従って、この型の文は予定表や日記に現れる。又、他の者が自分に代わって行う作業の記述にも使用され、コンピュータのプログラムのアルゴリズムやフローチャートは通常この型で記述される。日本語には命令文という型は無く、語尾の活用か助詞を付加し「xにaを加えろ」「xにaを加えよ」として命令文とする。この場合には主語は対話している相手だから無いのである。主語が特定の人ではなく誰でもよい場合も「xにaを加えるべし」のように主語「何人も」は省略してもよい。日本語の文型は逆ポーランド記法しかないのでFig. 4.1の2分木の根のプロセッサの内部状態をいろいろな助動詞や助詞に替えることにより各種の文を構成する。
Fig4_2
. . 数式x+(b+a)はFig. 4.2の2分木に構成される。"("は演算子、")"は変数に対応するから、この2分木は同図(a)の単語を対応させた英文として出力することが出来る。数式では原則は演算子の両側に変数を置き、括弧と原則で記述された中身との関係はポーランド記法に記述する。一方、英文は原則がポーランド記法であり、括弧の部分は変数に相当する")"とポーランド記法の中身が演算子"("を挟んだ記述となる。従って、Fig. 4.2(a)は次の英文として出力される。
Add x the value that adds b a.

. . 日本語の場合は"("より上だけの2分木なら"("には助動詞や終助詞が当てられるが、これが同図(b)のように下の2分木の枝に接続されている場合は"("に格助詞を与えることにより部分木全体を主格や目的格に変え、全体を逆ポーランド記法に出力する。従って、「bにaを加えた値をxに加える」のように記述される。又、"("と")"を接続助詞「て」に替えて「bにaを加えてxに加える」とすることも出来る。
. . このように日本語は左の枝、右の枝、節、又は、右の枝、左の枝、節の順に次々と出力することにより複雑な文を構成する。それを2分木に構成する方法は英文とは著しく異なり、感動に関与する右脳で処理される。しかし、日本語文と英語文の意味が同じなら構成された2分木は同じになり、脳による演算等の処理結果も同じになる。

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