4.3 視聴覚情報の超並列処理

  自動制御で扱う入出力はLaplace変換の定義域の関数でt<0では関数値は零でなければならない。システムに入力が加わった瞬間がt=0であるからそれで差し支えないが、視聴覚情報は常に入力されていて、その一部を解析する場合に開始時刻をt=0としてよいけれども、t<0では零でt=0で突然初期値 f0の関数が入力開始すると考えることはできない。両者は微分演算子を掛けたとき結果に大きな相違が生ずる。
  Laplace変換の扱う関数及び導関数はユニットステップ関数を用いて、f(t)u(t), f ′(t)u(t),
f″(t)u(t),
・・・・・と表される。これらのLaplace変換をF(s), F′(s), F″(s), ・・・・・で表してこれらの関係を求める。u(0)=0, t>0のときu(t)=1であるから、
  (5.4)
ここに、u′(t)=δ(t)の導入が必要になるのであり、もし、u(0)=1ならu′(0±0)=0であるからu′(t)=0となるのでδ(t)を導入できない。それでも無理に導入すると上式の結果は2/sとなり、関数 t Laplace変換を微分して得られる1/sと矛盾する。
      (5.5)
      (5.6)
(5.5)より、        (5.7)
故に、f0≠0であってもf(t)u(t)を微分することはLaplace変換ではF(s) s を掛けることであり、結果にはf0δ(t)のインパルスが重畳する。積分定数を零としてこれを積分すると、
      (5.8)
      (5.9)
(5.7)より、       (5.10)
故に、積分定数を零として積分することはLaplace変換では1/sを掛けることであり、 結果はf(t)の初期値 f0を回復する。即ち、Laplace変換はu′(t)=δ(t)となるu(t)を導入して関数をf(t)u(t),
f
′(t)u(t), ・・・・・に変換したことにより、微分演算が初期値をインパルスに変換するから微積分演算が可逆となる。
  t≥0f(t)である関数はLaplace変換可能ではあるが、u(t)を掛けてないので微分演算が初期値を変換しない。従って、それを積分定数零で積分すると初期値 f0が得られないのでf(t)-f0となる。この関係は上記の各式でu(t)を定数1に置き換えれば得られる。(5.4)でu(t)を1に置き換えると部分積分は必要なく、1/sが得られる。同様 に、関数f(t), f ′(t), f″(t), ・・・・・のLaplace変換はf(t)u(t), f ′(t)u(t), ・・・・・のそれと同じで、F(s), F′(s), F″(s), ・・・・・となる。(5.5)の右辺は単にf ′(t)となり、(5.6)の部分積分は第1項が零でないから(5.7)の右の式が直接得られる。即ち、微分することは s を掛けて初期値を引くことであり、(d/dt)f(t)=(d/dt){f(t)-f0}という普通の微分と同じである。(5.8)のf ′(t)の積分はf(t)-f0となり、(5.9)は、
      (5.11)
(5.7)により、(5.10)の右の式が得られ、逆Laplace変換はf(t)-f0となる。f(t)を得るには(5.10)左の式に変換して逆Laplace変換する必要があり、積分は1/sを掛けて初期値f0/sを加えなければならない。この場合の微分と積分演算は時間領域における微分、積分と全く同じで、t=0で初期値に立ち上がるという情報を含んでいない。従って、関数f(t), f ′(t), f″(t), ・・・・・のLaplace変換は、t=0においてf0, f0′, f0″, ・・・・・で、かつ、t<0に連続な関数のt≥0の部分のLaplace変換と考えることができる。
  unit doublet u″(t)=δ′(t)を導入すると(5.5)より、
   (5.12)
     (5.13)
同様に、δ(t)は無限に微分可能であり、伝達関数sはこれを微分してインパルス的信号を増加するが、伝達関数1/sはインパルス的信号を平均化して消滅させる。網膜や神経にインパルス的信号を与えて脳に刺した電極にインパルス的信号を検出する実験ができることは脳細胞の伝達関数は1/sではなく s であることを示す。従って、脳は微分解析を行っていると考えなければならない。
  (5.5)により、f(t)u(t)を微分してインパルスf0δ(t)を抽出し、残りを再度微分すればインパルスf0′δ(t)を抽出できる。このようにしてf0, f0′, f0″, ・・・・・を抽出することができる。 しかし、脳は1本のインパルスに乗った情報を認識する機能は持たず、インパルスは電波の搬送波に相当するものである。実際に、頭を急に振って別の場所に視野を移し、そこに書かれた文字を認識するには少し時間が必要であり、これは過渡応答の影響が消える迄正確な認識ができないことを示す。また、映画やテレビの画面に別の画面を毎秒1コマ程度混合しても認識できない。
  図5.13に示すように、微分増幅器に積分負帰還回路を設けた微分装置を従属接続して脳の解析装置を模擬する。1段目の入力をf(t)、出力をy(t)とすると、
   (5.14)
y(t)にはf0δ(t)が含まれないから、その積分はK{f(t)-f0}/(1+K)であり、故に、オフセットは、
従って、K→∞ならε(t)=f0である。これは定数であるからy(t)に影響しない。同様に、2段目のオフセットはf0 であり、3段目のオフセットはf0 となる。
  t=τで急に入力を零にすると、-f(t)u(t-τ)が入力に重ねられるから、
(5.14)と同様に、y(t)f0δ(t)を含まないから積分はf0を含まない。故に、
故に、t>τでは、y(t)=0, ε(t)=Kf0/(1+K)であり、K→∞ならf0のオフセットが残る。同様に、2段目はf0、3段目はf0 のオフセットが残り、残像と言われる現象が生ずる。この残像は後の入力により打ち消される迄持続する。
  1段目の入力がf(t)u(t)であるとき、y(t)は(5.5)のk/(1+k)倍、その積分は(5.8)のK/(1+K)倍であるから、ε(t)は次式となりオフセットにf0は得られない。同様に、f0′, f0″, ・・・・・も得られず認識に必要な情報が得られない。
ある時刻 τ においては(5.5)のf0δ(t)は零になるから、その時刻に時間軸原点を移動すればu(t)の影響がなくなり、入力はf(t)と等価になる。これはz=t-τと時間変数変換しz≥0である。入力は
f(z+τ)u(z+τ)=f(z+τ)で、出力は(5.5)より、
(5.8)より、
t≥τ、即ち、z≥0におけるオフセットは[-τ, 0]の積分を零と置いて、
同様にして、2段目、3段目、・・・・・のオフセットはf ′(τ), f″(τ), ・・・・・となる。これにより、急に視野を移動した場合や映画及びテレビ画面のような場合も時刻 τ 以降には認識に必要な情報が得られる。そのための時間原点の移動は積分負帰還回路の出力を零にリセットすることにより実現される。従って、時刻 τ, 2τ, 3τ, ・・・・・に積分負帰還回路の出力を零にリセットすれば時間変化する現象の認識に必要な情報が得られる。音声信号では話者が τ を決めてピッチ周期として送信し、受信側でそれに同期してリセットを行うが、自然現象にはそのような情報はないので内部でリセット周期を発生する。その結果、映画やテレビ画面の毎秒コマ数が少なくなると画面表示が無い間にリセットされる場合が増加し、画面にちらつきを生ずる。
  実現可能な簡単な微分及び積分回路は(5.15)の伝達関数で表され、f(t)に含まれる 最高周波数で決まるTL=1/ωHよりT1が十分に小で、最低周波数で決まるTH=1/ωLよりT2が十分に大であれば s 及び1/sと見做すことができ、上記の現象が生ずる。
     (5.15)
従来、自動制御の理論でこれらの現象について述べた例はないが、t≥0においてf(t)f(t)u(t)を同一視しているからである。f ′(t)u(t)[0, t]を積分すると、積分上限 t が零のときは積分も零であり、t>0のときは、
従って、t≥0では厳密には{f(t)-f0}u(t)であるが、f(0)-f0=0であるからu(t)は省略しても形式的な違いでしかない。しかし、微分の場合には(5.5)に示したように同一と見ることはできない。
  理想的な微分、積分回路又は数値微積分により図5.13を実現する場合には定数値のオフセットは微分出力に影響しないから自動制御の特性に影響はないが、入力が飽和するか、(5.15)の時定数T1, T2が条件を十分に満たさない場合は問題が生ずる。負帰還出力をg(t)、微分出力をy(t)とすれば、
     (5.16)
 と置けば、   
故に、        (5.17)
     (5.18)
故に、           (5.19)
  f(t)g(t)の関係は(5.16)と(5.18)からy, y′を消去すれば得られる。y0=0, g0=0であるからg0′=0であり、
従って、f0y(t)にもg(t)にも現れず、オフセットにf0が得られる。入力がf(t)u(t)のときはf ′(t)
f ′(t)u(t)+f0δ(t)に置き換えれば2つの微分方程式に分けることができ、f0g(t)への影響は次の微分方程式で得られる。
     (5.20)
  微分方程式やLaplace変換におけるδ(t)の定義は厳密にはDiracの定義では正しくない。(5.16)のf(t)-g(t)u(t)に替えてT1→0とすればy=Ku′(t)となるが、これと(5.17)でf ′(t)-g′(t)
u′(t)に替えてT1→0とした解が同じであるから、(5.21)によりδ(t)が定義される。t<0の場合をt=0に対称なδ(-t)で表せば、Diracのデルタ関数は{δ(-t)+δ(t)}/2に相当し、δ(t)は指数関数の極限関数であるからt≠0で無限に微分可能な連続関数であるが、t=0で不連続である。Diracのデルタ関数の積分値のみが必要な場合は差し支えないが、積分した関数はユニットステップ関数にならない。又、このδ(t)δ0=∞であるからδ′, δ″, ・・・・・を定義できない。これが可能なδ(t)は本webページの第2章3.2節で定義したδ0, δ0′, δ0″, ・・・・・が全て零のインパルス関数である。
      (5.21)
δ(t)=0 (t>0)の証明は1/T1と置くと、ω→∞ω/e→0である。又、
故に、     (5.22)
  インパルス応答(5.20)はδ(t)を(5.21)の指数関数に置き換えて解いた後にT1→0として得られる。その結果は、(5.20)に初期値を代入してg″ を微小区間積分したg0 を初期値とする、g0=0, g0′=Kf0/T1の同次方程式と同じである。故に、その解は、

T1«T2なら、
g(t)は図5.14(a)の太線で表され、オフセットf0u(t)-g(t)は同図(b)の太線で表される。従って、t>2T2ならば0.63f0以上のオフセットが得られる。(5.15)の1次遅れ伝達関数の入出力関係は(5.19)で表され、[0, t]の積分結果に時定数T2の減衰関数が掛けられているからt=T2において0.37f0にリセットしたことに相当し、t=2T2で0.63f0のオフセットが得られるのである。
  このオフセットは定数でないから(5.17)により出力に影響を及ぼし、応答特性改善のため微分制御を付加したシステムでは不測の事態を招く。工程制御では制御装置をOFFにすれば工程も停止するから差し支えないが、飛行機はオートパイロットをOFFにしても飛び続けなければならない。水平飛行のときはオートパイロットをON-OFFしても何の影響もないが、着陸体制でこの操作を行えば制御不能に陥る。
  白紙の左半分を黒く塗りつぶし、境界線に垂直な線を t 軸とすれば、t 軸上の明暗はf0u(t)で表すことができる。このとき、図5.14(b)のオフセットはマッハ帯と呼ばれる現象である。この場合は、t<0の方向の明暗の変化にもt>0の場合と点対称的なマッハ帯が観測される。マッハ帯は図5.13の微分増幅器と積分負帰還回路が理想的な微分と積分でないことに起因して、明暗の変化速度が時定数T1の減衰速度より速い場合に起こり、変化が遅い場合には起きない。
  図5.13の回路に、視聴覚に起こるこれらの現象が起こることは、脳がこのような回路で微分解析を行っていることを示す。各段の負帰還微分増幅器の機能を1つのプロセッサで実現し、オフセットをポート1に接続するプロセッサに転送すればf(t)の2分木解析ポリプロセッサが実現される。f0, f0′, f0″, ・・・・・が確定すればTaylor展開によりf(t)が確定するから、この解析により
f(t)の特徴の抽出は完全である。2分木の節のプロセッサの微分機能は演算式の解析動作規則に相当し、演算子に相当する内部状態は積分作用でなければならない。従って、図5.15(a)の2分木によりf(t)の解析結果を表すことができ、更に、+, ∫, dtを分離して詳細に表せば同図(b)の2分木でopを内部状態とするプロセッサを置き換えることができる。
  図(a)の演算子を内部状態とするプロセッサがポート1と2の入力に演算を行いポート0に出力するとf(t)が再生される。このとき、f(t)は次式で表される。
      (5.23)
この数式は図5.15の各プロセッサが内部状態を数式記号で出力し、節のプロセッサが2項演算式の復元動作規則を実行すれば得られる。又、英語で出力すれば、
f(t) is f0 plus the integral of the function which is f0′ plus the integral of the function which is f0″ plus the integral of ・・・・・
のように表される。数式も英文も2分木の内部状態を根より末葉の方向、即ち、演繹的に出力したものであるが、末葉より根の方向、即ち、帰納的に出力すれば、
「f0(n)を積分してf0(n-1)を加え、積分してf0(n-2)を加え、・・・・・、積分してf0 を加え、積分してf0 を加え、積分してf0を加えればf(t)」
と日本語で表すことができる。これらの事実は脳にとってアナログ信号も数式も言語も等価な情報で、2分木構造であることを示す。脳の基本的情報処理はアナログ信号の処理であり、その微分解析が2分木解析に等価なことに理由があるのだから、全ての情報は2分木構造であると言うことができる。

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