4.知的情報の超並列処理
4.1 自然言語の2分木表現
数式x+aはx,aがベクトルであればベクトル演算式となり、更に、名詞の概念を持てばポーランド記法でadd x aと表して2重目的語を持つ英語となる。従って、他動詞は節のプロセッサの内部状態となり、間接目的語は枝1のプロセッサ、直接目的語は枝2のプロセッサの内部状態となる。単項演算NOT xはnegate xであり、間接目的語が存在しない場合である。日本語はこの2分木から逆ポーランド記法で出力したもので、「xにaを加える」及び「xを否定する」となる。
これらには主語がなく、英語は命令文、日本語は叙述文と言われる。日本語を命令文にするには動詞の語尾を変えなければならない。従って、英語は命令文が基本形であり、それと対称的に、日本語は叙述文が基本形である。英語の基本形に主語がない理由はこの世の出来事は全てGodの所業であり、主語はGodだからである。人間がxにaを加えるのはGodの意思であるから、主語のない文はGodの命令なのである。日本語に主語のない理由は、主語は誰でもない、即ち、大自然だからである。人間がxにaを加える行為も自然現象なのである。
God以外の主語の現れる英語の基本形は図5.10(a)の2分木で表せる。これからポーランド記法で出力するとDo you add x a. となる。この場合も本当の主語はGodであり、Godがyouにadd以下の命令を行うというのである。Godが命令の予告をするように遠回しに命令する理由はyouが命令を受けるか否かを知りたいのである。故に、これは疑問文である。根のプロセッサと左右の枝の出力順を2項演算式の復元規則に替えてyouをIに替えると、I do add x a. となり、主語+助動詞+動詞の語順を生ずる。この場合のdoは強調の助動詞で、普通は表記を省略される。この文は疑問文に対する返答で、主語Godの有るべき位置にIがあるからIが強調されているのであり、英語の叙述文は主語強調形である。これから強調するものを前に出すという概念が生まれる。欧米人の自己主張の強さは主語強調を常用することに起因する。
日本語では逆ポーランド記法で「貴方にxにaを加算させる」となり、これは強制であって拒否できない命令である。故に、「貴方がxにaを加算する」のであり、貴方は強調された主語である。強調を取り除けば「xにaを加算する貴方」であり、加算動作をする貴方がそこに居る情景を述べた叙述文となる。日本語文法はこれを文と認めていないが、俳句や歌の歌詞にはこの形式が多く使われる。「天照らす大神」は神の名前と解釈されているが、神に大中小等の位を設けたのは後世の人間の苦しい解釈であり、これは神の能力を称えた叙述文であると著者は考える。日本語では神の行為も大自然の意思であり、自然現象なのである。古語には「いづみ」「いづも」等の単語化したこのような語句が沢山ある。これらは「出づ」と「水」「雲」との合成語と考えられているが、 その場合の規則に反して「出づ」が連用形でない。これらは現代流に主語強調で記述すれば「水出づ」「雲出づ」という文であったと考えることができる。
日本語には疑問形という形式はない。人間の行為は自然現象だから人間の意思を問うことは有り得ないのである。しかし、人間が自然現象の発生の有無を知りたいことはあり、そのときは叙述文の動詞の後に「か」を付けて疑問文とする。疑問文では主語は省略されるのが普通であるが、会話では「一緒に行くか、お前」のように主語を使うことがある。これも日本語叙述文の主語が動詞の後になることを示している。英語で補語が省略されるように、日本語でも動詞の後の主語はそれがなくても明白な場合は省略される。故に、日本語には主語が無いと言われる。
2重目的語を持つ英文は間接目的語と直接目的語の順序を入れ替えると前置詞toが必要になり、I add a to x. となる。動詞は単項演算子となり、2分木は図5.10(b)になる。文法的には目的語はaであるが、2分木から見ればa to x全体がaddの目的語である。動詞が自動詞であるときは、I go to school. のようにtoも単項演算子に変わる。同図(c)はx+(a+b)を意味するが、括弧内の+をwithで表せば括弧は不要でAdd x a with b. となる。a with bは2項演算式と同じ語順の表記で加算した結果を示し、a×bをa・bと表すのと類似である。withはplusでもよく、これらの前置詞は動詞より演算の順位が上位で、従って、解析においてプロセッサの内部状態となる優先順位は動詞より下位である。日本語でも「xにaとbを加える」であり、aとbの語順は2項演算式と同じになる。
関係式x=aの英語表現はx is a. であり、状態を表しているのであるから命令形は存在しない。助動詞の無いのが基本形であり、疑問文はIs x a. とポーランド記法にする。x=a×bはx is a times b. であり、a×b=a・b=abと省略されるとaはbを修飾する形容詞と同様であるから、It is beautiful flower. は図5.10(d)の2分木で表す。主語itがflowerであると、重複する末尾のflowerは表記を省略されて補語が形容詞だけになる。従って、状態を表す自動詞の補語は名詞または形容詞という規則が生まれる。形容詞と名詞を関係付ける演算子は副詞であり、ポーランド記法で出力され、副詞+形容詞+名詞の語順を生ずる。この語順は日本語でも同じである。副詞は形容詞の機能を増減して名詞に作用する演算子で、この増幅率が1の副詞を2分木では“・”で表し、文表記では省略する。冠詞は形容詞と同様に“・”で名詞に結合されるが、副詞と形容詞がある場合は図5.10(e)の2分木で表される。
動詞を修飾する副詞は単項演算子と2項演算子の場合があり、図5.11(a)と(b)の2分木で表すことができる。(a)は数式と同様に主語+助動詞+副詞+動詞の語順で動詞の前に副詞を置き、(b)はポーランド記法により、副詞+主語+助動詞+動詞の語順で副詞を文の前に置くか、逆ポーランド記法で、主語+助動詞+動詞+・・・+副詞と文の後ろに副詞を置く。
日本語では図5.10(d)の形容詞の無い単項演算子の副詞が使われ、これを同図(a)の直接目的の位置に使うと「xにたっぷりaを加える」となり「たっぷり」は名詞aを修飾するが、全体を逆ポーランド記法で表すと「xにaをたっぷり加える」となり動詞を修飾する。図5.11(b)も使われ、助動詞以降の2分木を逆ポーランド記法で一つにまとめ、主語との関係を2項演算式に表すと「私はたっぷりxにaを加える」となり、ポーランド記法に表すと「たっぷりと、私はxにaを加える」となる。
図5.10(b)で主語Iをaに替えると動詞は受身形となり、主語と重複する直接目的語は省略され、A is added to x. となる。状態を表す動詞の補語の形容詞+名詞もその名詞が主語に現れれば省略される。このように、後から現れる重複した語や無くても意味の分かる重要でない末尾の語は省略される。日本語でも同様で、「それは美しい花である」は「その花は美しい」となり、末尾の「花である」は省略される。その結果、英語にない形容詞の述語用法および形容動詞という述語が生ずる。
英語のAbsolute ClauseはFlower being beautiful is ・・・のように動詞は現在分詞に変わるが文の形式を成している。これに相当する日本語は「たった1つ咲いた薔薇に・・・」のように、この部分の主語である薔薇が動詞の後になる。後置してもよい主語なら省略される筈であり、省略しては意味が通じないから、主語が動詞の後にあるのが日本語の基本形であると考えなければならない。
英語では関係詞を用いるClauseも文の形式を成していて、関係詞は2項演算式の開括弧に相当し、閉括弧は省略されるかピリオドが兼用される。関係詞がClause内の目的語や補語を兼ねているか、関係詞の修飾する語がそれらに同じときはClause内の目的語や補語は省略される。日本語では関係詞を用いないので逆ポーランド記法に表して、主語と述語で全体を囲んでClauseを表す。「柳が風になびく姿は・・・」の下線部がそれである。これは「風になびく柳の姿は・・・」としても同じ意味であり、前者は明らかに下線部の主語である柳が強調されている。主語が前にある前者が基本形なら主語を後置した後者の文形の存在理由がない。
英語はA=B×Cの2分木からA=B・Cと出力するのが基本であり、日本語は逆にB・C=Aと出力するのが基本で、Aを強調すると逆ポーランド記法A=B・Cになると考えるべきである。その故に、主語が重要でないか、なくても分かるときは省略されて日本語には主語がないと言われることとなるのである。
英語も日本語も同じ2分木より手順を変えて出力した結果であり、演算式の2分木の実行結果が演算式の値、即ち、意味であるように、自然言語の2分木による人間の動作結果が言語の意味である。従って、2分木は文の意味を示しているのであり、脳においては、自然言語は2分木解析が行われていると考えることができる。従来の複雑な文法による解析は、2進法の計算を16進法や10進法で解釈するのと同じで、それが可能だからといって脳がそのような解析をしている証拠にはならない。赤ん坊が親の言語を聞いて解析法を自ら習得することが可能なためには親でも理解できないような複雑、難解な文法ではあり得ない。
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